未成年の二重整形について
朝の情報番組で、
未成年の二重整形について放映されたらしく、Twitter上では色んな意見が飛び交っていた。
私は未成年であっても、二重整形くらいは良くないか?と思っている。
もし自分に娘ができて、年頃になってそういうことを言い出したら、全然同意書でもなんでも書こうと思っている。本気なら、の話だが。
ここで、Twitter上にて見かけた批判的な意見に対して、個人的な考えを記していこうと思う。
*親にお金とか同意書とかやらせるのは違和感がある
→各家庭の方針なので、その家庭で容認されるなら問題ない。
*アイプチとかあるのに安易に整形に走るのは甘え
→アイプチにも弊害があるし、安易に整形に走ってるかどうかは人それぞれ そこは各家庭で判断される領域なので問題ない
*10代頃の美の基準は発展途上
→変わらない人もいるし、まぁよしんば発展途上だとしても、埋没法など元に戻せるやり方もあるので、そういった方法を使えば問題ない
と、まぁ見かけて衝撃的だったツイートから抜粋して書いたけれど、
もちろん私だって、整形したい?いいよ!と二つ返事になる訳では無い。
娘ができて、二重になりたいと言い出したら、私ならまずはその理由を探る。外見のことでいじめられているのか、好きな男の子ができたからなのか、好きな芸能人などに憧れているのか、単に美に興味を持ったのか、あるいは親である私も夫も二重なので、自分だけ二重でないのがコンプレックスなのか、色んな理由があるだろう。
そして次に、アイプチやテープで理想の形を探しつつ、本当に手術まで必要か?しっかり考えてもらいたい。
費用も提示しつつ、二重への願望が一過性でないことを確認しつつ、継続してアイプチやテープを使うならランニングコストや肌などへのダメージも加味して一緒に考えたい。
そして、様々な視点から考えてみてもやっぱり整形したい、と言うなら、まずは戻せる埋没法で、費用は少なくとも半額程度(様子を見てまずは全額でも)出すように伝える。
高校生だったらアルバイトして貯めてもいい。中学生以下ならお小遣いやお年玉を貯めてもいい。学業に影響ない範囲で、自身の願望のために、工夫して頑張ってみてもらう。
その過程で何らかの不正(危ないアルバイトとか、犯罪行為など)があったり、お金が貯められないなら、私自身の経験から言ってもその程度の気持ちと考えるが、そうでなくきちんと結果を出せれば、その時は同意書でもなんでも喜んで書かせてもらおうと思う。
手術となることで痛みも多少伴う可能性があるから、慎重にはなるけれど、基本的には「必要ではないけれど欲しいもの」を買い与える時と変わらないと思う。
だから、費用負担を親もするとしたら、誕生日やクリスマスとして費用を出したり、テストの結果が良ければそのご褒美にしてもいい。
元に戻せなくなる方法で手術する場合は、大人になって、同意書がいらなくなったら、自分の責任でやってくれたらいいと思う。
また、親から貰った体なのに!という意見があるが、そんなことを言ったら医療目的の手術も出来ないのか?となるし、そもそも髪の毛やらムダ毛やら切ったり剃ったり生えないようにしたり、爪とかも切るし、私個人だとピアスもあいてるし、リスカ痕もあるし(リスカのことは反省している)、総合して考えれば体をどうしようが生きてさえいれば最低限いいと思うので、病んでリスカしたり自死などに繋がるかもしれないなら、整形してもいいから精神衛生を保って欲しい。
精神を病むのが一番よくない。これは経験したからわかる。
ここまで考えたが、結局これも私個人の今の意見に過ぎない。
娘が出来たら、そのままであまりに可愛いので、整形なんていらないって思ったり言ってしまうかもしれない。
私も夫も二重なので子供も二重だったらそもそも必要ないし、子供の他の整形についてはまだ考えられていない。
今は、働きながら時間をもてあましているので、時々はこんなことを考えてもいいかもしれない。
そして私は、人妻となる
先程の記事でも触れた通りだが、
私は明日、人妻になる。
今日が独身最後の日だ。
さて、相手はこのブログにも綴られているかれぴぴとやらか?というと、そうではない。
全く別の、小中の同級生と結婚する。
彼とはあしたで、付き合って2年になる。
この2年で、私は、というか、私を取り巻く環境は大きく変わった。
まず、故郷を離れて東京で暮らしている。
彼と付き合って3ヶ月と少しで、私は彼について上京した。
次に、メンタルの不調がすっかりなりを潜めている。
慣れない同棲生活、はじめこそこちらでも通院していたが、薬なんてなくても眠れるようになったし、そのうち安定剤がなくても仕事に行けるようになった。
どうやら鬱っぽかったのはPMDDとかだったのか、ピルなんかを変えたりして対応したが、それすらなくとも割合に安定した人間になった。
ほぼ寛解といった様子である。
メンタルの不調については、もしかすると発端は、今は元彼となったあの人にあったかもしれないと、離れてしばらくして思う。
というのも、離れてみてわかったことだが、彼はモラハラ野郎だった。
週末のデート、車内で何も話さずにいれば、何か話せと強要されたり、ようやく何か話してもつまらないと言われたり、仕事についてなど話そうものならニートのくせにとかパートのくせにとか言われたり、思い返せばなかなか理不尽で結構酷かった。
個人的に1番面白かったのは、2年前、今の彼氏と付き合い始めてすぐに、故郷で大きめの地震が来て、すごく怖い思いをした時。
しきりにキョロキョロとしてしまった自分に気づき、あれ?こんなこと、前にも…と思い返せば、それは元彼といる車内で喋ることを強要されて、何か話題はないかと見慣れた景色をしきりにキョロキョロと探る、在りし日の自分の仕草と同じだった。
あいつ、私の中で、大きめの地震と同じくらいのストレスだったんだ。災害そのものじゃねーか、と思って笑った。
そして、彼氏はいつも優しい。
私が黙っていても、彼は文句を言わない。
まぁ今思えば当たり前のことなのだが、当時はなんて優しい人なのかと思っていた。
というか、優しい人では勿論あるのだけれど、私自身のハードルが地下深くに埋まっているせいで、普通に優しい人が神仏レベルに優しく思えるものである。
2年経つ今も、若干後遺症みたいなものを感じながら、とりあえずは幸せにやっている。
親とも、離れたからこそそれなりに良好な関係を築けていて、上京時には資金援助を貰ったり、それからも何かと助けて貰った。
実父にも会った。
別にどうとも思わないが、過去に不倫してるくせに、お金のためとはいえ子供たちが会いに来てくれて、良かったじゃんね という感じ。あんまり気の利いた事も思い浮かばない。
彼とは凪いだような穏やかな日々を過ごせていると思う。
狭い部屋に2人で住んでいるけれど、それぞれ好きなことを好きなようにしている時、1人になったような気持ちでいるのか、それほど苦にならない。
これからも、夫婦となる以外は特に変わらない、穏やかな日々を送れればいい。
彼がこのコロナ禍の中職を失おうとしていてそれはやばいけれども、まぁ急いても仕方が無いので、どうにかなるだろうと信じるしかない。私の育てた男なので大丈夫だとは思う。
独身最後の日が過ぎていく。
明日提出する婚姻届に、連絡先を書かないと。
独身最後の日、多様性について考える
みる
そんな独身最後の日、日本では、来たる9月14日の総裁選への出馬を表明した岸田文雄氏の夫婦写真に対し違和感を覚えたとする記者の記事が話題になっている。食卓に座る岸田氏の傍らに奥さんが立っている写真である。
私がこの写真を見たのは、その記事が初めてだったが、全くもって違和感はなかった。
強いて言えばこれから食事をするというのに、岸田氏がマスクをしている、というかそもそも家の中なのに、2人ともがマスクをしていて、その点はちょっと違和感を覚えるかも?という程度だった。
記事の中では、「これから、ジェンダー問題後進国でもある日本を背負っていこうという人が、こんな時代錯誤の写真をあげていていいのか? もう少し違った視点も持って欲しい」みたいなことを言っている。
これを受けて、私は少し考えた。
この人の言うことも一理あるのかもしれないぞ、と思ったからだ。
そして考えた結果、やっぱり理解できないな、という結論に達した。
例えばこれが、何かのポスターだったりして、「これこそが夫婦のあるべき形です!」と言っている(と誤解される)ようなものであれば、記事で言われていたようなことも理解できる。
けれど、これはあくまで「岸田さんちのひとコマ」というものに過ぎないのではないか?
岸田氏は、その写真に「妻が上京してきて食事を作ってくれた。ありがたい」(要約)と添えている。
何も、日本の家庭はこうあるべき!とか言ってるわけでは全くない。
この写真と岸田氏のツイートからは「岸田さんのおうちでは、ご夫婦はこんな感じなんだな。」ということしか読み取れない。
さて、2020年、元号も令和に変わって、日本では「多様性を認める」ということが叫ばれ、必要とされてきていると感じる。
この「多様性を認める」という概念について、多少誤解している人がいるのでは?と私は常々感じていて、今回の岸田氏の投稿を批判する記事にも同じことを思った。
「多様性を認める」ということを、「全く新しい価値観を、ひとりひとりが持つこと、そしてそれを認め合うこと」と思っている人が多い気がするのだ。しかも時にはその際に、古い価値観は捨て去るべき!という主張もセットになってくる。
しかしそれでは多様性を認められていない。なぜなら古い価値観を認めていないから。それではこれまでと変わらない、ただ古い価値観が新しい価値観にすげ替えられただけである。
正しく「多様性を認める」ということは、「これまでの価値観に加えて、様々な新しい価値観も認め、選択肢を増やしてもっと自由になれるようにする」ということだろう。
それなのに、単なる古い価値観の排除を「多様性を認める」と誤解している人のなんと多いことかと、私は思うのだ。
ここで岸田氏の写真の話に戻るが、この家庭内のひとコマを切り取ったに過ぎない写真に、ジェンダーだの性別による分担だのという言葉を投げかけるのは、無粋だし単なるいちゃもんでしかない。
岸田氏の奥様が本当はあんなことをしたくないのに、岸田氏に命令されているとかならまた別だが、写真のみではそこまで読み取れない。
ご夫婦が共に望む形があの写真に詰まっているかもしれない、それこそがふたりの決めた選択肢かもしれないのに、それをとやかく言うのは、多様性を認められていないことと同義だろう。
そして、私自身の話に立ち返ると、私は常々、それこそ少し古いような「男性を立てる」「数歩後ろを歩く気持ちで」という調子でやってきた。
実を言えばそれは外面的な話であって、家の中に入ってしまえば、私の天下のようになっているけれど、その全てひっくるめて、私の選んだ価値観、選択肢である。
全く新しくはないけれど、それを選ぶこともまた、自由であり、多様性の中のひとつなのだ。
そんな私だから、写真への批判にこそ違和感を覚えたのだ、というのが、しばらく考えてみての結論だった。
と、ここまで考えてみて、記事にあった主張もまた、多様性の一部だよな、というところにまで至った。
このままでは一生終わらないので、ここで終わりにしようと思う。
躁鬱と発達障害との向き合い方
さてこのブログを読み返すと、
自分に対する違和感というか生活に対しての困り感が書かれている記事がある。
「他人の普通が私の普通と違った、こういうことが割とよくあるので調べたら発達障害らしい!?」
みたいなことを書いてあるのだが、
結論から言うとこのあと主治医に、「おそらく発達障害グレーです」と言われる。
グレーというのは、軽度ということで、検査にかけても結果が黒と出るか白と出るかは半々らしい。
それを聞いてあぁやっぱりね、などと思いながら、かと言って特に治療もせずにここまで来ているが、たまに他人に迷惑をかける。
たまになので忘れてしまって、同じ相手に同じことで迷惑をかけるとめちゃくちゃに怒られたりする。そしてそのことすら忘れる。
言われれば思い出すのに、常に記憶に留めておくことが出来ない。
躁鬱も、当初よりはかなり寛解に近づき、あからさまな躁転とか、あからさまな鬱転というのはあまり見られなくなった気がする。
その他の身体の要因など色んなものが合わさって躁転のようになったりはするが、前ほど困るような症状はない。
しかし、仕事の時、まず朝起きるのにカフェイン剤を飲まないと起きられない。
そして安定剤を1シートから2シートぶんくらい飲まないと仕事に行けない。
行ってしまえばなんてことない仕事なのに、辞めたくて仕方なくなるし、高待遇でみんな優しいのに、申し訳なくて死にたくなる。
こんなふうに自分なりにどうにかしてきたことを、一瞬でぶち壊したのが、実父の存在である。
が、書くのが疲れたので、実父のことは二度と書かれないかもしれない。
近況
死ぬほどこのブログを放置して、
なんやかんやあったけど私はまだ死んでない。
働けなくなった闇の時代を抜けて、
今はパートをしている。
今からまたニートになりたいと思うこともあるけど、ニートだった時毎日何をしていたか思い出せないし、そこはこのブログにも書いていないところなので、全くどうしていいかわからない。
しかも収入がなくなるとなれば不安すぎるので、私はこれからもとりあえず今の職場で働いていくのだと思う。
こうして働けるようになるまで色んなことがあった。
母は2度目の離婚をした。
義父が建てた家に母ときょうだい3人で住んでいる。
義父が不憫でならない。
弟は大学生になったし、末弟はもう中学に上がる。
私はほとんど何も変わっていない。
なんなら3歳になる直前のあの日から変わっていないかもしれない。
『あの日』についてはまた改めてまとめ直したいと思う。
あの日幼かった私にかけられた呪いは、今も解けることなく、まとわりついて、離れない。
踏みにじり殺して行けたらいいけれど、そうもいかない。
私はあの日の小さな私に、がんばれとか、大丈夫だよとか、そんなことは間違っても言えない。
頑張ったって何にもならないし、大丈夫じゃないからだ。
私は今、早く素敵な婚約指輪と結婚指輪をもらいたい。
それさえあれば、今度はそれを頼りに、生きていける気がしているのだ。